あらゆる角度から『魔法先生ネギま!』を斬る!!つもりのブログ、のはずだったが最近はその趣旨からかなりずれている。マンガ全般について扱っているつもりのブログ。でも「ネギま!」のことは忘れないブログ。
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ご無沙汰しております。もう年の瀬です。冬コミの準備などは万全でしょうか? 今回のコミケはカタログの売上げが非常によろしいと聞いておりますが、これはひとえに表紙を描いている人のおかげではないかと思っています。表紙だけでコミケのカタログを買いたくなったのは初めてですね(笑)


さて、今からちょうど1ヶ月前の11月11日、㈱小学館の編集者による雷句誠先生のカラー原稿紛失事件についての和解が成立しました。雷句先生のブログにもそのことについての報告がされています。今回はそのことについて触れてみたいと思います。
事件の概略については、あれだけ大きな話題になった事だし、おそらくみなさんもご存知のことだと思われますので割愛いたします。もしご存知ない方はまずコチラをご覧ください。その後の経過については雷句先生のブログに詳しく書かれているので、そちらも参照してください。

自分が思うに、この事件の根幹となったことは一つ。「出版社による漫画家への軽蔑視」。これに尽きるのではないかと思います。なぜ軽蔑するに至ったのかその経緯はよく分かりませんが、少なくとも漫画家は軽蔑されるどころか、非常に高貴な存在であるはずです。

まず、そもそも漫画家はなぜ「先生」と呼ばれるのか、その所以を確かめておく必要があります。
この世に「先生」と呼ばれる職業は限りがあります。医者、弁護士、政治家、芸術家、(広義の)教師・・・etc  これらの「先生」と呼ばれる職業の人々は、何らかの知識や技術に特化した人々であると言えます。それでもって仕事をしてお金を稼いで御飯を食べているのですから、能力は相当な水準のものでなければなりません。
漫画家は、絵を描いて仕事としているので、広い意味で芸術家の部類に入ると思います。歴史的に見れば漫画家は大人に対してだけではなく、小さな子供に対しての娯楽を提供する存在として大きな役割を果たしてきました。しかも主に紙を媒体としたものですから、安価で手軽に広く普及させることができます。
この「年齢を問わず不特定多数に対してのエンターテイメントの提供できる存在」。その第一人者として今なおその役割は重要なものなのです。
だからこそ漫画家は人気の程度に拘らず、すべて「先生」として尊重されるべき存在です。また、漫画家も自身の立場に決して驕ることなく、その地位を維持するために努力し続けなくてはなりません。この相互の努力のどちらかが欠けたら、もはや健全なエンターテイメントの提供はあり得ないと思います。

もし漫画雑誌を刊行するのに免許が要るとしたら、当然に小学館は免許を剥奪されていたでしょう。漫画家と共に娯楽を提供する側の身でありながら、原稿を紛失するというその漫画家を冒涜する行為。しかも自分のすぐ近くにいる漫画家すら大切にできない者が、果たしてより遠くにいる読者を大切にすることなどできるのか。小学館は、この両者に対して裏切りを犯したのです。風上にも置けないのではないですか。

もっとも、久米田先生の場合はそれが漫画のネタになっているからまだ良いかもしれません。しかしそれは単なる結果論に過ぎません。今回の事態は氷山の一角で、まだあらざるべき扱いを受けている漫画家がいる可能性は十分にあります。他社は小学館の事例を他山の石として、改めて漫画家の存在意義やその接し方などについて検討してほしいものです。どうか、今後二度と不徳義な出版社によって漫画家が憂き目に遭うことが起こらないよう願っている次第です。



毎度のことながらこんなペースでの更新ですので、今年の更新はこれで最後?かもしれません。しかもネギま!のことをあまり書いてないという・・・・・・。これは今年の反省ということで、また来年の指標を考えたいと思います。それでは、良いお年をお過ごしください。
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